無垢・Age17
 「だから声を掛けたのよ。中に着ていたカーディガンの袖を伸ばして指先を出したでしょう? あれって、萌え袖って言うの。意識してやった?」

美魔女社長の言葉に慌てて首を振った。
萌え袖なんて知るわけもないからだ。


「自然に出来るなんて凄いわよ。それと、就活のために東京に来たのだと判ってね」

そう言いながら社長は私の胸元に目をやった。
私は何気に其処を見てびっくりした。

さっき面接した時の受付ナンバーが書かれた名札が其処にあった。


胸がドキドキして、顔が赤くなるのが判るほどだった。

私は社長の言葉に舞い上がっていたのだ。
額に手を当てると熱くなっていた。


「あーあ、だから田舎者はって言われてしまいますね」
私は頭を掻いた。
理由は解っていた。私はアイツに逢いたくて堪らなかったのだ。
だから全てが上の空だったのだ。


新宿駅で下車した本当の理由は、タレントに会うためじゃない。
でもそのことは誰にも隠しておきたかった。
特にアイツとの成り行きを知っている橘遙さんには尚のことだった。


「名札を返しに行かなくちゃ。でもまだ間に合うかな?」
私は気付かれないないように言ってみた。

いただいた封筒を開け資料を確認すると、終了間近だと解った。


「どんなに急いでも間に合いそうもないので、今日はやめにして明日一番で行こうかと思ってます。 満員電車の体験もしておきたいし」
私は軽く言った。




 「みんな知ら過ぎるのよ満員電車の痴漢の怖さを」

突然橘遥さんが言った。


「私ね。痴漢電車と言う作品……じゃないわね。ボツになったエロいのがあるの。例の監督のだけど」

橘遥さんは、見本と書かれたディスクをバッグから取りだしプレーヤーの中に入れた。


其処からの映像に皆声を失った。


「リアリティーを追求するって名目で、本物の電車の中なの。勿論許可なんか取ってないわ」


隠しカメラは橘遥さんの体に数個付けられていたそうだ。



「この時役者は一人だったのに、四方八方から手が伸びて……。私が何も対処しないから、みんな何をしても良いと思ったらしいの。でも此処を見て」
橘遥さんの指先にあったのは本物の犯罪だった。
カメラは当時騒がれていた満員電車での切り裂き魔をとらえていたのだ。

模倣犯も多発したこの事件は、私の高校でも話題になっていたのだ。




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