無垢・Age17
 あの日、俺の話にその人は熱心に耳を傾けてくれた。

俺はそれに気を良くしていた。


『でも……、俺には車が無い。あの土地に豚を運びたいのに、豚も車も無いんだ』

車が借りたい。出来ることなら運転手付で……
そう言いたかった。


『何に使うかは判らないけど、豚も車も家にはあるよ。良かったら使ってくれないか?』

でも……
その人は俺の心を見透かしたようにそう言ってくれた。




 『まず草の処分だ。それには農家から豚を借りて放してみようと思っていたのだが、本当に良いんですか?』

俺は遠慮がちにその人に言ってみた。

以前竹を伐採した時に、この家に豚が居るのを見ていたからだ。


何時かみさとが話してくれた豚による雑草処理をその豚で試してみたくなったんだ。


でも、そんなこと図々しく頼める訳がなかった。
俺はこの期に及んでもまだ躊躇していたのだ。




 『要するに、車で豚を運び、其処へ放せば良いんだな?』

その人が話の途中で豚舎へ向かったのをみて、俺は慌てて背中を追った。


『実は、あのテレビ見ていたんだ。でも俺にはそんな土地を用意出来るはずがないと諦めていたんだ。あの場所なら確かに杭が打ってある。今すぐにでも放してくるよ』

その人は言うが早いか、俺の手を掴んだ。




 豚舎で餌を与えるのと違って代金がかからない。

それだけでも農家の利益になるから結構乗り気だった。

その上肉質にも変化が出るから、ブランド豚として高く売れるらしいのだ。


『筍だけじゃなく豚までアンタのお世話になるなんて……』

声を詰まらせたその人をみると泣いているように思えた。

でも俺は何も言わずにその人に同行した。




 そして又今日。
豚を借りる手筈になっているんだ。


俺達は早速、豚を数頭乗せた軽トラで其処に向かった。

幸いのことに杭はまだしっかり打ってあった。

だから何もしないで放せたのだ。




 麓から丘を目指す豚。
自然に耕した状態の土地が生まれて行く。


俺はその土地に花の種を蒔くつもりだった。


でも……
ホワイトデーには間に合いそうもない。


そう……
それはあくまでも、当初はみさとを喜ばせるためのサプライズだったのだ。


でも決して親父や会社を裏切るつもりはない。

その後に有効活用すれば良いだけのことなのだから。



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