ロング・ディスタンス
 だが、栞は感情を抑えきれずに泣き始めた。
 彼女は人目もはばからず、両手を顔に置いて泣いている。
 テーブルまでビールを運んできたウェイターが、ぎょっとしている。彼はビールジョッキを置くと、さっさと厨房へ消えていった。酒の席では時折、興奮した客に出くわすこともあるのだろう。

 成美は狼狽した。
 本当にわけがわからない。久しぶりに会った友人がこんなに取り乱してしまうなんて。高校時代の彼女はとても落ち着いた子だったのに、今日は本当にどうしてしまったのだろうか。

「栞ぃ。急に泣き出すなんてどうしちゃったのぉ?」
「何でもない。何でもないの。放っておいて。ちょっと疲れているのよ」
 友人は涙の理由を語りたくないらしい。

「そう言われてもねえ」
 成美はハンカチを差し出す。
「仕事で何かあったの?」
「そういうわけじゃないの。お願い。何も訊かないで、私のことは放っておいて」
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