ロング・ディスタンス
 太一は百合花と別れて以来、特定の恋人はいなかった。脚を引きずっている無職の男なんて誰も相手にしないだろうと思っていたし、実際、何の出会いもなかった。医学部を卒業して、研修のために配属されたのは出身大学の附属病院だった。社会に出たからといって、研修生の身で積極的に恋人を作るつもりはなかった。2年の研修期間が終われば、また別の病院に移らなければいけなかったから。
 職場での人間関係は良好だった。太一はリハビリ時代に理学療法士や看護師に世話になった経験があるので、職場でもそういった看護職に就いている同僚たちを尊敬し、協調的に働いた。年下の看護師、細谷とは意気投合し、しばしば彼に誘われて若者同士の飲み会に顔を出すようになった。ある時、酒の席で酔っ払った勢いで、細谷から気になる女子職員の名前を聞き出されてしまった。事務部の児島栞である。彼女とは接点はなかったが、時々院内で見掛ける姿に目を留めていた。元彼女の百合花とは対照的なルックスで、職員のオジサマたちにも隠れファンが多い女子職員だ。長い黒髪と白い肌、愁いを帯びた瞳がなんとも魅力的だ。
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