ロング・ディスタンス
 だからといって栞にアプローチする気はなかった。恋人に裏切られた過去の経験が、太一を恋に対して臆病にしていた。それに、職場での彼は鈍くさい新人で、三十路だというのに女性の看護師たちからは半人前扱いされていた。医局の秘書たちは皆、コネで採用された医者の令嬢たちで、職場で医師をつかまえて結婚しようと目論んでいた。だが、プライドの高い彼女たちは脚の悪い研修医なんか歯牙にも掛けなかった。だから、太一はその方面に対する自信をすっかり喪失していた。高校時代までは、これでも文武両道だったから学校の女子にもてたこともあったのが、大人になってからはサッパリもてなかった。
 学校を出ると女は打算的になると聞く。学生時代は「不良がかっこいい」だの「スポーツマンがすてき」だのと言っているが、女は大人になると現実的な価値に重きを置くようになる。女たちは社会的により成功した立場にある男が好きなのだ。元彼女の百合花だって彼を捨ててプロの格闘選手を選んだ。それはある意味、自然の理なのかもしれないが、太一はありのままの彼自身を好きになってくれる女性と付き合いたかった。
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