ロング・ディスタンス
 食事を終えた後、二人は公園内にあるユリ園を見にいった。この季節はヤマユリが見頃というので、長濱はここをドライブコースに選んだのだ。
 一とおりユリ園を見た後、二人は運動場に出た。フィールドの上を、運動部の学生たちが連なって走っている光景が目に入ってきた。休日だというのに精が出ることだ。二人はその様子を眺めながら、運動場の脇にある散歩道を進んだ。

「格闘技、完全にやめちゃったんですね」
 ふいに栞がたずねる。
「あ、格闘技? うん、さっきも言ったけど今は全然やってないよ。何で? あの人たちがトレーニングしてるのを見て、そんなことを訊くの?」
「ええ、まあ」
「とにかく格闘技はもうやめたよ。うちに道着すら置いてない」
「そうですか。それはやっぱり脚の調子のせいですか」
 これは訊きにくいことかもしれないけど、彼だったら気を悪くせずに答えてくれるだろうと彼女は思った。たずねてみたくなったのだ。
「うーん、それもあるといえばあるけど、やっぱり心を整理するためかな」
「心の整理?」
「うん。けじめっていうのかね。格闘家への夢を絶って医学の道へ入ったんだから、それに未練を残さないように、あの世界とはすっぱり縁を切ることにしたんだ」
 長濱は淡々とした口調で答える。
「そうだったんですか。面白くないことを訊いてしまってすみません。でも私、以前に先生から過去のお話を聞いて思ったんです。自分の中で、絶対にあきらめることのできない夢を、譲ることのできない何かを捨てなければならなくなった時、人はどうやって自分の心に折り合いをつけるんだろうかって」
 栞は蛤料理店で彼と初めて言葉を交わした日のことを思い出していた。
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