ロング・ディスタンス
「私は彼を愛しているの。だから産みたかった。でも、愛しているから嫌われたくなったの。だから、彼の言うことに従ったの。そしたら、彼、それまでとは別人のように優しくなって、『わかってくれてうれしい。よく勇気ある決断をしてくれたな』ってほめてくれて、『お前を愛してるよ』って普段は言わないことまで言ってくれた。その時の夜は、一晩中私を抱きしめて『本当にごめん。もうお前にこんな思いはさせないから』って慰めてくれて、私、だいぶ悲しみが癒えたの。ああ、やっぱりあきらめて良かったのかもと思えるくらい」
 不実な男が、都合の悪いことが起こると、調子のいいことを言って女を丸め込んでいるとしか思えないシチュエーションだ。
「でも、後からどうしようもない後悔と罪悪感に襲われたの。何の罪もない我が子を殺した自分を責めたわ。下ろした子のことを片時も忘れることがなかった。『何であの時、彼の反対を押し切って産まなかったんだろう』って、夜になるといつもそればかり考えてるの」
 友人の目には再び涙がにじんでいる。

「そう。とても辛い思いをしたのね」
 月並みな言葉しか思い浮かばない。
「その彼にあんたのその辛い気持ちを伝えたことあるの?」
「うん。彼はいつものように『もうこんな目にはあわせないって』言うわ。でも、あんまりしつこく言うとイライラするから」
「彼とはまだ続いているのね」
「うん」
 成美はため息をつきたくなった。
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