ロング・ディスタンス
それにしても、不倫相手の妻のことをそこまで悪しざまに言う醜悪さに、我が親友ながら、成美は胸糞が悪くなってきた。共働きで経済的に余裕のある夫婦なら、民間のサービスに頼るのも一つのライフスタイルだと思うのだが、その事実一つにつけても歪曲して解釈をする心理が浅ましい。
「『女房とは冷めてる』って言い草だけどさ、浮気亭主の常套句でしょ。そんなに女房が嫌いなら、なんで離婚しないのよ」
「だって子どもがいるもの。父親としての責任があるのよ」
自分は妻子持ちの男にいいように利用されているのに、そんな男を栞はかばっている。完全に酔っていると思った。
「離婚する人は子どもがいたって離婚するよ。離婚しないのはやっぱり今の女房と一緒にいたいからなんだよ。あんたはねえ、彼にとっては単なる遊び相手なの。所詮その程度の存在なの。その証拠に、あんたが産みたがってた子どもを下ろさせた。『私生児がかわいそうだから』なんてのは大嘘で、本当はあんたの子どもなんていらないからそうさせたのよ。奥さんとの子どもは欲しいけど、あんたとの間にできた子はいらないんだよ」
成美が言い終わると、栞が再びしゃくりあげた。
周りの客が自分たちの方を見る。
栞が途切れ途切れの声で言う。
「だけど彼は、私のこと好きだって言ってるもん! 成美は私たちのことなんか知らないじゃない! 間近で見たわけじゃないのに、好き勝手なこと言わないでよ! 教師って相手の立場を思いやる職業なんでしょ? それなのに、何で世間一般の尺度でしかものを見られないわけ? あんたにはがっかりしたよ。やっぱり話さなきゃ良かった。『あんたのこと軽蔑しないから』なんてうそばっかり!」
「軽蔑はしてない。けど、失望した」
「似たようなものじゃない! 私もう帰る。成美にはもう話すことなんてないから。お代は半分お店に払ってくからね」
栞はコートとハンドバッグを引っつかむと、足早にレジの方へ向かっていった。