ロング・ディスタンス

　診療所の先輩たちの中でもとりわけ懇意にしているのは、内科医の辻堂だ。ヒゲ面がワイルドな40がらみの男で、妻子とともに集落にある一戸建てに住んでいる。元々は太一のように本土からやってきたのだが、島の女性と結婚してこの地に居ついている。
　彼はオープンで面倒見のいい男で、赴任早々独り者の太一を自宅に呼んでは酒と夕飯をごちそうしてくれる。彼の妻も気さくで感じのいい人だ。アットホームな雰囲気が都会の総合病院とは対照的だ。辻堂のようなタイプの先輩は、その昔ジムに所属していた時にもいた。

　とにかくここにいると食事の心配をあまりしなくてもいいから、昼も夜もない仕事をしている人間にはありがたい。アパートを所有する下宿屋の娘が、しょっちゅう太一に食事の差し入れをしてくれるようになった。名前を美菜という娘は24歳。本土の専門学校を出た後しばらくそこで働いていたが、少し前に島に戻ってきて親戚の経営する食堂で働き始めた。彼女は近所で家族と一緒に住んでいて、いつも食堂で作った惣菜を差し入れてくれる。その中には彼女自身が作ったものも多く、若いのに料理の腕はなかなかだ。
　太一は昔の恋人、百合花と出会った頃のことを思いだした。周りの人間も太一自身にも、美菜が新しく来た若い医者に興味を持っていることが一目瞭然である。