ロング・ディスタンス
 成美には言いたいことがまだまだあった。
 栞があれほど激高しているのは、成美に図星を刺されたからであり、本人も心のどこかでは真実に気づいているはずだ。だが、自分の敗北を認めたくないがために、都合のいい理屈をつけて自分自身をごまかしているのだ。
 成美は正論で友人を傷つけてしまったのかもしれない。でもそれは仕方のないことだ。

 これまでの対人関係において、こういう衝突は何回か経験している。その人物が明らかに何かのトラブルに巻き込まれているのに、彼または彼女はそのことに気付いていない。あるいはそのことに気付いていても、危機意識を持っていない時、成美はその人物に忠告やアドバイスをした。今思えば、それは若くて純真だったからしたことだったが、今の自分は普通ならそんなお節介は焼かない。何故なら、そんな助言に素直に耳を傾けてもらった験しがないからだ。
 学生時代に飲食店でアルバイトをしていた時、バイト仲間に不健康な生活をしていた子がいた。彼女はバイトを掛け持ちし、食事も睡眠もろく取らず、非常に痩せていた。おまけにしょっちゅう煙草をふかし、酒を浴びるように飲んでいた。青白い顔をした彼女に、成美は親切心からもっと節度のある生活をするように助言した。ところが、それを言った瞬間、バイトの仲間があからさまに不機嫌な顔をした。「余計なお世話を言うんじゃない」ということなのだろうと、成美は後から思った。
 またある時、クラスメートの恋愛の話を聞いていた。友人が付き合っていたのは女に暴力をふるうDV男だった。当然、成美は彼との交際を反対したのだが、クラスメートは「でも優しいところもあるから」とか「彼は手加減して蹴ってるから大丈夫」などと言って、その最悪な男をかばっていた。
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