ロング・ディスタンス
「そうだったのだと思います。あの時は本当にどうかしていたんです。あなたと付き合い始めて、一度はあの人との関係を清算しようとしたんです。いずれにしてもあんな関係いつまでも続けるわけにはいかないですから。彼に別れを告げて、ひたすら逃げ回っていました。でも彼は私に執着しました。逃げられそうになって初めて私に求婚してきたんです。それは、私がずっと喉から手が出るほど欲しかったもので、でも決して手に入らないとあきらめていたものだったから、私はあっさり彼の言葉にだまされました。冷静に考えたら、結婚なんて本当にする気があったらとっくにしていたはずです。そんなのは単に私を引き留めるための口約束なのに、私はすっかりのぼせ上ってしまいました。『婚約指輪の代わり』なんていう指輪までもらって」
「婚約指輪の代わり?」
「何それって感じでしょう。そんな意味不明な物に大感激していたんですよ。バカですよね、私」
 そんな小細工までして女を引き留めるなんて、太一のような青年には考えもつかないことだろう。
「でも、そうやって浮かれていたら病気になって全てを失くしてしまったんです。あの人には捨てられ、仕事もできなくなって。それでやっと目が覚めました」
「それから何で俺の所に戻ってきたの?」
 太一がたずねる。
「普通そう思いますよね。今更復縁したいだなんて虫のいい話です。それに、先生はあの人との過去を知ったから、私に幻滅だってしたと思います。でも私は、先生がお花を届けてくれた時、すごくうれしかったんです。その時、改めて先生の存在を感じたんです。だから、ふられてもいい覚悟で、先生に会いにきたんです。会って気持ちを伝えようって。伝えてしまえばスッキリして思い残すことはなくなると思って」
「じゃあ、俺は君をふってもいいの?」
「え、それは、あの……」
 率直すぎる質問に、栞は口をパクパクさせる。
「君だって、あの時は自分の気持ちに正直に従って、俺をバッサリ斬り捨てたんだ。俺だってそうしてもいいんじゃないの?」
「あの、先生がそうしたいなら斬られたっていいです。全然いいです。おあいこですから。それに、先生の心は無理やりにコントロールするものじゃないですし」

 栞が答えると、太一は真顔で彼女をみつめてくる。
 栞は覚悟を決めた。
 いっそバッサリ斬られたらあきらめがつくかもしれない。
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