ロング・ディスタンス
 船に乗っている間に太一から栞の携帯にメールがあって、仕事が押しているという連絡が入った。なので、彼女は船が島に着いてから適当に時間をつぶすことにした。

 日の長い時季とはいえ、辺りはもうとっぷり日が暮れている。先に夕飯を食べてほしいということなので、仕方なく栞は一人で集落のラーメン屋に入った。そこは、前回来た時に太一とお昼を食べた店だ。
 栞が注文したのは夏季限定の冷やし中華だ。上にキュウリとハムと錦糸卵がのったオーソドックスな冷麺で、酸味の効いたつけ汁が食欲をそそる。お一人様には慣れているので、見知らぬ町のラーメン屋で女一人ラーメンを食べている。
 店の大将がもの珍しそうに彼女を見て声を掛けてきた。島のコミュニティは狭いのですぐに彼女がよそ者だとわかってしまう。本土から友達をたずねてきたと言ったら、彼は「ああ、長濱先生の彼女かぁ。そういえばこの前も二人で来てくれたよね」と言った。太一はまだ勤務中なので自分一人で食事をしているのだと栞が説明すると、大将は「お医者さんは大変だね」、それから「ごゆっくり」と言ってくれた。
 彼の言うとおり医師の仕事は過酷なのだ。それを理解すればこそ、栞は遠い島まで恋人を訪ねにくるし、彼の帰りを遅くまで待っている。時には、今夜みたいに一人で夕食を済ますこともある。この前、急患で呼び出された時のように、太一はへとへとになって帰ってくるだろう。こっちはお客さんだけど、疲れて帰ってくる彼にはすぐに休んでもらおうと思っている。お腹がすいているかもしれないと思い、さっき根本ストアで夜食のうどんも買っておいた。
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