ロング・ディスタンス
 それに引きかえ、栞が今付き合っている不倫の彼はとんでもなく悪い大人ではないか。妻子がいながら一回り以上も若い独身女に手を出し、その女を孕ませた挙句中絶をさせた。その上、まだ女を手放さず、彼女の若さを無駄に浪費している。
 だいたい、患者の命を救う職業に就く人間が、付き合っている女に腹の中の子ども掻き出させるなんて、なんという偽善なのだろうか。考えただけで腹が立ってくる。そんな人物がよくもまあしゃあしゃあと医者の看板を掲げているものだ。
 堕胎した子どものことが忘れられないと言って泣く親友のことを思うと、不憫さを通り越して気が狂いそうになる。彼女は私の大切な親友なのだ! 水商売の女でもあるまいに、男からそんな粗末な扱いを受ける筋合いはない!
 これはフェアな恋愛じゃない。家庭という拠り所のある男が、寄る辺のない独身女を相手に、都合のいい関係を楽しんでいるだけだ。年齢や社会経験の差ゆえに、女の方が圧倒的に不利な立場に立たされている。
 
 怒りで眠れないなんてことは数年ぶりのことだ。新採の頃、モンスターペアレントに理不尽な言い掛かりをつけられまくった時ですら、ここまで気持ちは荒れなかった。

 結局、成美が眠りについたのは夜空が白んできた時だった。
< 25 / 283 >

この作品をシェア

pagetop