ロング・ディスタンス
 部屋に戻ると、リビングの床の上にはまだ美菜が座っていた。彼女はもう衣服を着ていた。

「まだいたんだな」
 太一が彼女を見下ろす。その声色はいつもより低い。
「だって、長濱先生。鍵をかけずに出ていってしまうんだもの。帰るまで留守番しようと思ったの」
 美菜は泰然とした様子だ。
「家を飛び出すのは当たり前だろう。こんな夜中に、泊まる場所もない彼女を放っておくわけにはいかない」
「そうだね。じゃ、先生が帰ってきたから、あたしもう帰るし」
 美菜は手提げを肩に掛けて立ち上がる。
「ちょっと待った。美菜さん。彼女がこれから来るとわかっていて、わざとあんなことをしたんだな」
「そうだよ」
 美菜は彼の方を見ずに答える。
「君には失望したよ。ずっと親切な女の子だと思っていたのに。なんであんなことしたんだ?」
「何故って? だって悔しかったんだもん。あの人が先生と付き合ってて、あたしの入る隙間なんてないと思ったら、悔しくてたまらなかった。先生だって、あたしの気持ちわかってたでしょう。そんな親切心だけで食べ物を差し入れるわけないじゃない! その気がないならそういうの受け取らないでよ!」
「まるで俺が悪いみたいな言い方しないでくれ。君の言う理屈なんて納得できない」
「最初からわかってもらおうなんて思ってないよ、こんなこと。嫌われるのを覚悟でやったに決まってるじゃん」
 美菜は悪びれずに言うがその目は泳いでいる。
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