ロング・ディスタンス
 部屋に静寂が訪れた時、太一はつい数時間前に起こったことを思い出した。

 夜。残業を終えた彼はアパートに帰ってきた。
 彼は栞を集落のラーメン屋で待たせていたので、携帯で彼女に帰宅したことを伝えた。栞は彼の家に向かおうとしているところだった。

 栞が来る前にシャワーを浴びて汗臭さを消そうと思っていたら、美菜がアパートのチャイムを押した。すでに脱衣所で衣服を脱ぎ始めていた彼は、モニター越しに彼女に今の状況を説明した。これから「彼女」が来るからお引き取り願いたいということを、言葉を選んで言ったつもりだ。以前にこの部屋に栞が来た後、太一は美菜に栞が彼の特別な存在であることをちゃんと説明しておいた。それが美菜をがっかりさせるであろうことはわかっていたけれど、そこははっきり言っておかなければならないと思った。
 美菜はただ食堂の残り物を持って立ち寄っただけだから、構わずにシャワーを浴びてくれと言った。その間に、玄関先に食べ物が入った袋を置いて帰るからと言った。彼女は感じのいい声で話していた。

 シャワーを浴びている間に、てっきり美菜は帰ったと思っていた。だが、短パン一枚を身につけ、タオルを肩に掛けた太一がリビングに出ると、そこにはあられもない姿になった美菜がほほ笑んでいた。
 太一は気が動転した。
 彼女を説得して何とかする間もなく、栞がその場に現れ、絶妙のタイミング彼女は半裸の太一に抱きついてきたというわけだ。
 最悪だった。
 突然の出来事だったので、彼自身にも何が起こったのかわからなかった。
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