鬼神姫(仮)
「姫様っ」

驫きにも似た大声と足音に雪弥は眠りの世界から強引に現へと連れて来られた。一気に去っていった眠気は痛みを引き起こす。どうにも、夕べは眠りが浅かったようで、明け方になり漸く深めの眠りにつけたのだ。

だというのに、この大声と地鳴りかと思うような足音でそれはいとも容易く破れた。

「浅黄。何事です」

この時間なら、浅黄が直ぐ近くに控えている。雪弥はそれをわかっていて、彼の名を呼んだ。

「失礼致します」

浅黄はそれだけ断りを入れると、雪弥の部屋へと入ってきた。彼自身、何が起きているのかわからない、といった表情をしている。

──しかし、この声には聞き覚えがある。

「姫様っ。ご無事ですかっ?」

雪弥は耳に届くその声で確信した。

「凪。煩いわよ」

雪弥は布団を勢いよく剥ぎ、部屋から飛び出た。

「ああ、姫様。ご無事なようで何よりです」

廊下に出ると、雪弥より十センチは背が高いであろう男が瞳に大粒の涙を溜めていた。その涙は今にも頬を伝って落ちそうだ。

「雪弥姫。お久しゅうございます。そして、ご無事なようで何よりです」

凪、と呼ばれた男はそればかりを繰り返した。その大声は屋敷中に響いたのか、銀や陽が何事かと姿を現した。ラフな格好をした彼等はまだ眠そうな顔をしながらも、事態を把握しようとしているようだ。

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