鬼神姫(仮)
「……これは、一体何の騒ぎですか?」

浴衣をきちんと身に纏った緋川が恐ろしく低い声を出しながら静かにやってきた。それに対し、いつの間にかいた蒼間が説明をしようとしたのだが、緋川はそれにわかっているというように手を小さく挙げ、制した。

「兄上っ」

凪は緋川を見るなり、大きく口を開けた。それは会えたことを喜んでいる顔ではない。敢えていうなら、森の中で熊に出会した猟師のような顔。危惧はしていたが、まさか遭遇してしまうとは、というような表情だ。

雪弥はそれもそうだろう、と思いながら崩れた寝間着の襟元を直した。

「凪、此処で何をしているのですか?」

緋川はにこりと微笑みながら凪に訊いたのだが、その目は少しも笑っていない。

「なあ、あいつ、誰だ?」

そんなやり取りを眺めている雪弥に、銀が小声で尋ねてきた。

「彼は緋川凪。緋川の実弟です」

雪弥はそれだけ答え、凪を見た。最後にあったのは何年前だったか。いつの間にか背はぐっと伸び、幼さは微塵もなくなっている。

「夕べ、嫌な夢を見たから、慌てて来たんだ」

凪は長い髪を揺らしながら緋川に必死に説明をするが、それを緋川が聞き入れる様子はない。頭の高い位置で結われた凪の髪はふわふわとしていて相変わらず柔らかそうだ。

幼い頃、何度も触らしてもらった髪は手を伸ばさなくては届かない場所にある。

「だからといって、貴様が入っていい場所ではないはずですが?」

緋川はじろり、と凪を睨み付けている。切れ長の瞳は細められ、その眉は煩わしいものでも見るように歪んでいる。



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