鬼神姫(仮)
「どうすんだ。お前のせいで俺らの飯がないようだ」

ぽつり、と突如現れた陽が大分ラフな服装で言った。ボタンシャツは胸の下の方まで開いていて、身長のわりには確りとした胸板が覗いている。

けれどそのシャツに皺は殆どない。寝間着ではなく、着替え途中で騒ぎを聞き付けて出てきたのだろうか。雪弥はそうとしか思ったがそれと同時に違和感も覚えた。

彼らが此処に来て数日。陽が私服でボタンシャツを着ているのを見たことはない。見たことがあるのはTシャツだ。だからといって、彼がボタンシャツを着ないとは言えないのだが、それはどう見ても部屋着か寝間着のような生地だ。

だとすると、寝間着から部屋着にいちいち着替え、更に部屋から出るときは他の服に着替えているということか。そんな面倒なことをする人間がいるとは思えない。

「あ、そうですね。俺のせいで皆さんの食事がないようですね」

凪はおろおろと口許を抑えながら言う。

「姫様をお護りする皆さんの食事がないなど、以ての外ですね」

凪は背は高く、体格も逞しい方だ。なのにその性格はどちらかといえば威勢のいいほうではない。ただ、五月蝿いだけ。見た目と性格が合っていないのだ。

「いやいや、姫さんを護るどうこう以前にだな、食事がないというのが問題だよ」

陽はボタンをぷつりぷつりと留めながら言った。

「そうですよね。食事がないと、いざというとき力が出ませんよね」
「だから、違ぇよ。そういうこと言ってんじゃねぇ。たんに、飯が食いたいって言ってんだよ」

凪の特技は緋川と雪弥の言葉以外は理解出来ないことだろう。雪弥は相変わらずな凪を眺めながは、小さく息を吐いた。

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