鬼神姫(仮)
幼い頃、凪は雪弥の遊び相手だった。

緋川が教育係、浅黄が保護者、蒼間が兄、といったような環境の中雪弥は育った。

午前中はいつも緋川から自身の存在の大切さについて説かれ、眠くなれば浅黄が寝床を用意し、蒼間が本を読んでくれた。そして、空いた時間は年が幾つも変わらない凪と庭や部屋で遊んでいた。

学校に行くことはなく、必要最低限以上の勉強を緋川から教えられていた。字も同い年の子供より難しい漢字が書けたし、十歳になる頃には小学生の数学は全て終えていた。

読書も毎日一定時間していた。絵も蒼間から習ったし、生け花や茶道も緋川から教えられた。この屋敷にはそれらの鬼と、白瀬しかいなかった。

親という存在を雪弥は知らなかった。誰かに尋ねたこともなかった。

外からたまに他の鬼が来た。何の用事というのでもなく、ただそれなりの立場である鬼が雪弥に顔を見せに来るだけだった。

退屈で仕方無かった。そんな暮らしの中、凪と遊ぶことだけが楽しかった。

緋川達が嫌いなわけではない。寧ろ、家族のようには思っていた。けれど、彼らの雪弥の扱いが自分達の間に高い壁を作っていた。

鬼と、鬼神姫。

そこに何があるのか、彼らは決して家族のようには接してはくれなかった。なので、唯一畏まった言葉で話す必要のない凪の存在が雪弥には何よりの救いだった。

毎日とは言わなくとも、肩を並べて花を眺めたり、おはじきをしたりして遊んだ。凪も一応雪弥には丁寧な口調を使ってはいたが、それは形だけのようなものだった。

なのに、凪は突然いなくなった。

それは雪弥が十五の冬。少し前の出来事だ。

それからは、何をしても楽しいと思うことは何もなくなった。緋川に訊いても何も教えてはくれなかった。

ならば、と雪弥はとある提案をした。

──学校に行きたい。

雪弥は緋川と浅黄にそう告げた。すると、緋川は即答で駄目だと言った。浅黄は苦い顔をし、必要ないのでは、とだけ言った。

どうせ、十七までは死なないと決まっている。ならば、その間は好きにさせて欲しい。

そう説き伏せて、近くの高校に通わせてもらえることになったのだ。緋川が教員としてついてきたのは予想外ではあったが、日がな一日屋敷で過ごしているよりは窮屈ではなかった。


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