鬼神姫(仮)
「あの、入れて下さい。私、怪しい者なんかじゃないです。お願いします」
朝の散歩をしている銀の耳に、何処かで聞いたことのある声が届いた。どうやら、門の辺りから聞こえるようだ。
「どうしても、一目でもいいから会いたいんです。お願いします」
高めの声が切羽詰まった様子で訴えているのは蒼間だ。蒼間の後ろ姿は困っているように見える。
銀はそこへと無意識に近付いた。というか、何が起きているのか気になった、というのが本当のところだった。
「どうしたんすか?」
声の主は蒼間の背中で見えない。
「…………」
蒼間は黙ってこちらに顔を向けた。声を発しないのは、恐らく、自分を何と呼んだらいいのかわからないのだろう、と銀は勝手な解釈をした。現に、鬼共は銀達のことを名前では呼ばない。
「貴方は……っ」
蒼間の向こうから、見覚えのある少女が顔を覗かせた。長い栗色の髪は雪弥の真っ直ぐなそれと違って、ふわふわと舞っているかのようだ。同じく栗色の大きな瞳が銀の目を確りと捉えた。
「先輩の友人ですよね?」
少女は大きな瞳を銀に向け、言った。
彼女は、陽にすがって泣いていた少女だ。
「……帰すのを手伝って頂きたい」
蒼間が低い声で、静かに銀に告げてきた。
「嫌です。先輩と話をさせて下さい。少しでもいいですからっ」
少女は目を潤ませながら蒼間に訴えているが、蒼間がそれを聞き届ける様子はなかった。