鬼神姫(仮)
「入れてもらえないなら、先輩に私が来たと、告げてもらっていいですか? それで、先輩が来てくれなかったら諦めます。お願いします」
少女は深く頭を下げて、必死な口調で言う。彼女は一体、陽の何なのだろう。彼女は、陽が命を懸ける必要がある少女なのか。銀は上辺しか知らない事柄を頭の中で繋げてみたが、それは上手くいかなかった。
──花雪姫。姫様。
不意に、脳内に声が響く。それと同時に、懐かしく思える映像。
豪華な着物を纏った少女。長くふんわりとした髪を揺らしながら手をこまねいている。けれどそれは、自分にではない。自分の隣にいる男にだ。
『景様っ。景様、早くっ』
『姫様。はしたないですよ』
その声が自分のものであると、銀は直ぐに理解した。
『いいのよ。だって、景様が漸く梅の花を見に行ってくれる気になったんですもの』
少女──花神姫こと、花雪はにこにこと嬉しそうに笑いながら言う。自分の隣では、一人の男が盛大な溜め息を吐いた。
『それは……お主が、私とは行きたくないのですね、と泣いたからであろう』
口を開いた男が陽の前世であることにも気付いた。今の陽とは違い、すらりと背の高い優男だ。
『だって、そう思ったんですもの。景様は、私などより、他の女子と花見に行きたいのではないか、と』
花雪は剥れたような表情を見せながらこちらへと戻ってきて、景の腕を掴んだ。
『そんなわけがあるはずなかろう』
『そうでございましょうね』
花雪は悪びれた様子もなく言い、景の腕を引いた。
『さあ、急がなくては陽が暮れてしまいます』
それに苦笑いをしながら引かれていく景。
こんな穏やかな景色がいつまでも続けばよい。そう思った自分の胸の内が不意に熱くなった気がした。
──ああ、私もあの方とこの梅の花を見たい。
芽生えた想いは、ぱちんと、まるでシャボン玉が弾けるかのように消えていった。