鬼神姫(仮)
「先輩っ」
ふわり、と甘い香りが陽の鼻腔を擽った。
そして、どさり、と畳の上に押し倒されるような形になり、後頭部を軽く打ち付けた。
何が起きているのか直ぐには理解出来なかった。
「……早雪?」
「先輩。会いたかったです」
耳許で懐かしくて、愛しくて仕方のない声がする。吐息と啜り泣くかのようなものを同時に感じた。陽はそれに胸が騒ぐのを感じずにはいられなかった。
「おい、銀。どういうことだよ」
ついさっき、銀が失礼します、と障子を開け放った瞬間に事は起きた。一瞬だけ視界の端を掠めたのは、早雪の姿だった。
──愛しくて、愛しくて堪らない女。
「私が命令しました。先輩のところへ連れてくるようにって」
早雪は漸く陽から体を離してそう言った。そこには、会いたくて堪らなかった姿がある。もしかしたら、二度と会えないかもしれないと思っていた。いや、二度と会えないと思っていた。
陽は引き剥がすようにして早雪から離れ、銀を睨み付けた。
「従うなよっ」
「知りませんよ。体が勝手に動いたんですから」
銀ははぁ、と息を吐きながら言う。まるで、人様のラブシーンを見せられる為だけに連れてこられたのか、というかのような表情だ。
陽は銀の言葉に違和感を覚えた。
「……お前、覚醒したのか?」
でなければ、体が勝手に動くはずはない。覚醒したからこそ、過去の自分が銀の体を動かしたのだ。
「あの、覚醒って何なんすか?」
銀は頭をぽりぽりと掻きながら言い、陽はそこには緊迫した空気を感じることは出来なかった。
「覚醒……は、覚醒だよ」
銀に覚醒されたりしたら不味い。此所に銀はいなくてはならないが、覚醒し、前世のことを思い出させるのは不味いのだ。
陽は下唇を一度噛んでから、口を開いた。
「いや、わかんねぇならいいよ」
そう言うと、銀は何処か納得出来ないような表情を作る。