鬼神姫(仮)
「鬼は下がってなさい」
陽の部屋に慌てた様子で顔を出した蒼間に早雪は低い声で告げた。すると、蒼間は、く、と小さな声を漏らして去っていく。
陽の視界の端にはそれに驚く銀の姿が映った。
銀からしたら、人間より鬼の立場の方が上に映っていたのだろう。
──しかし、それは違う。
陽の体は考えとは反対に、早雪の前にかしずく。きちんと膝を折り、丁寧な動作で動く体。
この感覚は初めてだった。
前世でも、この力を使われたことはなかったのだ。
「霧原もお座りなさい」
早雪はつ、と銀に視線を向けた。それは命じているわけではなかったが、銀はそれに従っている。
「私は、聞きたい。……先輩が、どうして、何も言ってくれなかったのか。何で、勝手に行ってしまったのか。全部知ってる。でも、それは先輩が背負うことじゃないって、言いましたよね」
早雪はいつもの早雪に戻り、瞳からぽろぽろと涙を溢している。それだけで、命じられていた力はするりと解けた。
全身の力が抜けるかのような感覚だった。
開き掛けていた口は閉じ、でかかっていた言葉は忽ち消えた。
陽は体が自由に動くことを確認してから、早雪に近付いた。そっと触れた肩は、離れたときよりうんと細くなっているように感じた。
時間はそんなに経っていないので、それはただ、そう感じるだけなのだろう。目の前の少女が、あまりに小さく感じるだけなのだ。