鬼神姫(仮)
第五章
「……何であいつに」
陽の脳裏を過る白瀬は真っ赤な瞳に憎悪を宿し、今にも人間を滅ぼさんとするかのような形相をした鬼だった。──まさに、般若。
それが陽が最後に見た白瀬知羽の姿だった。
「白瀬様と話をします」
そう言う、早雪にも見覚えがあった。しかしそれは、早雪ではなく、花雪の姿だ。
骸を見詰め、涙を流しながら、白瀬と話すと言って聞かなかった。しかし、陽──景が制したのだ。
今は白瀬と会うべきではない。そう判断したのだが、それが仇と成した。
「俺はまだ、白瀬様とは会っていない」
陽は小さく答えた。白瀬は確実に此処にいるのだろうが、まだその姿を見ていなかった。
転生とは違う者。総てをその目に映してきた者。その者と会うのには恐れを感じた。
まさに、その場にいた者なのだ。そして、長い年月を越してきた者。
「誰か、誰か鬼はいないのですかっ」
早雪は突如、大きな声を出した。その姿は陽の知る早雪ではなく、花雪のものだった。
頭が混乱する。
早雪は何度も転生し、その記憶を総て宿している。陽達よりずっと、様々な経験をしてきているのだ。
けれど早雪は今までその様子を見せたことは微塵もなかった。陽と同じように、過去の記憶を持つだけの、等身大の少女だと思っていた。
しかし、そうではなかったのだ。
「いますよ」
そう言って姿を現したのは緋川だった。少々煩わしそうに眉をしかめ、障子を開けた緋川はまるで値踏みでもするように早雪を見た。
「貴女が、花神姫なのですね」
「そうです。今はもう、その役目もありませんが」
早雪は言いながらすらりと立ち上がった。
真っ直ぐに伸びたその背には気品を感じさせる。只の人間ではない。立ち振舞いだけで、それを感じさせるものだった。