鬼神姫(仮)
「入れ」
部屋の前に辿り着くと、声を掛ける前に知羽の声がした。
早雪だけを連れてくるつもりが、銀と陽までついてきている。恐らく、早雪と自分以外は追い払われるかと思いきや、知羽はそれをしなかった。
部屋へ足を踏み入れると、部屋の真ん中に知羽が胡座を掻いて座っていた。
「知羽……」
その姿を見た銀が小さくその名を呼ぶ。いつの間に会ったのか、と雪弥は銀も見た。けれど銀は知羽がそこに座っていることに驚きを隠せないようだった。
「黙っていて悪かったな。俺は白鬼である、白瀬だ。そして、嘗ての出来事のときから生を続けている」
知羽は銀の顔を見上げながら言った。そう言う知羽が銀よりもうんと年上というのは信じ難いことのように思えた。
銀は少し混乱しているのか、瞬きの数が多くなっている。
「座れ」
知羽に言われ、それに全員が従った。
板張りの床は正座をすると膝が痛い。けれど、座布団のようなものはない。
「暫く振りだな、花雪」
知羽は早雪のことを嘗ての名で呼んだ。
「早雪とお呼び下さい。私は花雪として生きていくつもりは毛頭ございません」
「信念を変えたのか」
「変えてはございません。私は私。今の名は早雪。確かに、嘗ては花雪でしたが、今は違うというだけのこと。それと、景様の魂を追い求めることはやめたのです。それは変えたわけではなく、意味のないことだと気付いたまで」
二人の会話は、本来は意味がわからないはずなのに、雪弥の脳はそれをすらすらと理解していく。
「そこの男に用はないということか」
知羽は不貞腐れたように座る陽を指差した。
「それは違います。確かに、先輩は景様の魂をお持ちではありますが、先輩は先輩です。私は、花邑陽という人間を求めているまで。景様の魂を求めているわけではありません」
──何が違うのか。
雪弥には早雪の言葉の意味を理解することが出来なかった。