鬼神姫(仮)


「やはり、自分を囲う人間は庇いたいものか」
「違います。裏切り者は赦せないですよ」

早雪はす、と瞳を冷ました。ひんやりとした栗色の瞳が何を思っているのかは読み取れない。

「私は、私の家の者に聞きました。私が自ら命を絶てば、雪弥様は死なずに済む、と」

早雪の発言に背筋がぞわりとした。

「過去の、嘗てのつけを今世で払えば、全ての輪廻と楔は取り払われる、と。私、花雪は死ぬべき運命だった。それを、ねじ曲げた。そこから歯車は狂ったんです。花雪が生き延び、その為に葛姫が亡くなり、地の平安は崩れた。ならば、今世で花神姫である私が死ぬことで歯車を元に戻せる、と」

どうして、過去のつけを、今払うのか。そしてそれは、つけなどではない。

雪弥の全身に虫が這うかのような感覚が走った。むず痒い。掻き毟りたい。

誰かが死ぬことで、自分が生き延びる意味などない。自分にそんな価値はない。

雪弥は異常な吐き気を覚えた。けれど、せりあがってくるものはなく、単に嗚咽が漏れる。

「平気か?」

雪弥の異変に気付きた銀が駆け寄ってきた。

「……ち、がう。違うのです。私は、私、は……花雪様に死んで、欲しくなかった。友人だと……思っていた。……花邑、様と、幸せになって、欲しかった、から。だから……力を与えた。羨ましかったから……契りを交わした」

口から漏れる言葉は、自分の意思ではなかった。

「私はそれを、ずっと悔やんでいたんです」

それに早雪が返してきた。陽の手を握り、陽に寄り掛かるようにして、話す。

「私を助けたが為に、葛姫が殺された。契りなど交わさなければ、葛姫が殺されることなどなかった。私が、山の神に喰われればよかったのに……っ」

早雪は後半は泣き声を上げながら叫んだ。

それを耳にしながら、総ての記憶が脳裏に蘇ってきた────。






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