think about you あの日の香りとすれ違うだけで溢れ出してしまう記憶がある
「はい、コレ。」
ホワイトのBMW3シリーズ。
「…え、あ!ありがとう…。」
車で迎えにきてくれてすぐに、白い紙袋を渡された。
ぐっちゃんは、前を向いたままだ。
少しドキドキした様子を悟られなくて良かった。
エスカーダ。黄色いキャップにショッキングピンクのビン。
甘い、パッションフルーツ系の香り。夏にピッタリだ。
ぐっちゃんに会う時はいつもこの香りと決めていた。
自分に振りかけただけでも、その香りに酔いしれてしまう。
土曜の夜は41(ヨンイチ)も混雑している。
ところが、予約に間に合うかなとか話していると、すぐに時間がすぎて、
夜のネオンを反射しながら、BMがタイムズパークへ滑り込んだ。
ホストが闊歩するプリンセス通りを抜けると、竹垣があり、
その奥の黒いドアを開ける。
コンクリの打ちっ放しの壁が無機質で、店内は薄暗い。
座敷の一角に通された。
「それじゃ、乾杯。」
「乾杯。」
私はとりあえず生。
ぐっちゃんは、あまり飲めないのか、“ゆず小町”。
ゆず小町なんて、可愛らしいお酒を知らなかった私。
ぐっちゃんは美味しいと好んで注文するが、私には全く理解できない。
(全く…どこの女に仕込まれたんだか…。)
反感を覚えるほどだった。
食事を終えて、席を立とうとした時だった。
ヒールを履くのに手間取っていた私の手に、ぐっちゃんの手が重なる。
大きな手のひらから、じんわりと体温が伝わる。
(…え?)
ばっ!
一瞬でぐっちゃんが飛び退いた。
(手を…つないできた訳じゃ…ないのか。)
あんまりにも突然で、あっという間の出来事に、私は何も反応できない。
そして、少しの落胆していった気持ち。
目の前のぐっちゃんはというと、飛び退いたままの姿勢で、目を泳がせている。
会計を済ませて、車に戻る間。
一抹の不安が頭をよぎる。
(もしかして…ぐっちゃんて…童貞なんじゃないの?)
さーっと何かが引いて行く。
と、共に甘酸っぱい記憶が蘇る。
私は、中学3年間。ある人に思いを寄せていた。
彼は、伊藤泰三。同級生。見た目だけが好みのタイプだった。