萬処御伽屋覚書〜着物男子と残念女子のゆるゆる繁盛記〜
彼が店の奥に消えると、動き回るわけにもいかないので
私はその場で店内を見渡した。


白色の土壁に飴色の太い柱と同じ色の板張りの床。


誰にでもここが古くからあることが分かるような建物。

それでも隅々までしっかりと清められていて美しい。

建物自体も骨董品みたいだと思った。


店内は所狭しと品物が置かれているけれど、決して乱雑ではなくて計算されて置かれているようだった。

その程よい密集具合が何だか安心した。

ここは時間の流れが違っているみたいだ。


「お待たせしました」


店の奥から、彼は再び姿を現した。
振り向いて見上げると、手に持ったお盆から湯気が見えた。

テーブルがないためか、彼は文机の横に座ると、レジ前のガラスケースの上に緑茶の入った器を置いた。


黒い漆塗りの茶托の上には
白地に鮮やかな緑色の楓が散りばめられた茶碗。

初夏を迎えるこの季節にぴったりの柄だった。


勧められるまま、私は緑茶を口に含んだ。

柔らかくて甘い味。
温かさが雨で冷えた体に嬉しかった。


「美味しい……」


思わず口に出すと彼は満足そうに小さく笑った。


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