萬処御伽屋覚書〜着物男子と残念女子のゆるゆる繁盛記〜
話し終えて文机越しに座る彼の方を見ると、何とも複雑な表情をしていた。
驚いているような、同情しているような。言葉に悩んでいるのだろうか、何かを思案するように茶器を持つ手の指先が、縁を何回も往復している。


「済みません。こんな、しょうもない話をしてしまって……」

「いえ……」


私の言葉に小さく返してから、彼は急に何かを思いついたように私を真っ直ぐに見た。


「あと半月で今住んでいるところを出ていかないといけないんですよね?」

「え……はい」

「手に提げていた荷物を見る限り、炊事は出来ますよね」

「は……?ええ、まあ、一応」

「では、あの壁の辺り、何か見えますか」


矢継ぎ早に質問をされて私は混乱した。
私の話を聞いて、なんでこの質問攻めに至っているのか、わけがわからなかった。
一応、答えはしたけれど。一体それが何になるっていうのだろう。


「壁……というか、引き戸ですよね。あそこにあるのって」


彼が指差す先は、壁じゃなくて扉にしか私には見えないし。
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