無力な僕らの世界と終わり
「だけど、結局……
瑠樹亜のお母さんは、命を全うして癌で亡くなったんじゃない……」
それから美山さんは、あたしから視線をそらして、空になったオレンジジュースのグラスを見詰めた。
消え入りそうな美山さんの声は。
小さく、けれど強く。
あたしの胸を震わせる。
「瑠樹亜のお母さんは……
自分の意志で、首を吊って亡くなったの」
抑揚のない、美山さんの声に。
ひっ、と音が出るくらい。
あたしの呼吸は突然に止まる。
「人生の最期を自宅で過ごしたいという、瑠樹亜のお母さんの希望だった。
大きなお屋敷の、大きな部屋で……
医療用のチューブをベッドと自分の首に巻き付けて、瑠樹亜のお母さんは亡くなってた。
最悪なのは、それを一番最初に見付けたのが、まだ小さかった瑠樹亜だったってこと……」
美山さんが静かに睫毛を伏せた。
その先が、小刻みに揺れている。
癌。
死。
首を吊る。
幼い瑠樹亜が。
それを……
見付けた。
……ああ。
何て言うか、それは。
ニュースでアナウンサーが読み上げる出来事じゃない。
知らない誰かの、知らないところのお話じゃない。
もちろん、フィクションなんかでもない。
あたしの大好きな瑠樹亜が。
いつも後ろの席から見詰めていた瑠樹亜が。
背負ってきた過去なんだ。
………
知らない間に、あたしの背中には汗が滲んでいた。
掌をぎゅっと握っていて、爪が食い込んで痛い。