廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
『あんた、死ぬのは怖くないか?』
『死ぬ?……そうじゃねぇ。こんな暮らしが嫌で、最初のうちは何度も逃げようと思った。
一緒に川を下って、遠くに逃げようって言ってくれる客もおったけど……。
結局、その人にも裏切られて。
いっそ、首をくくろうか川へ身を投げようかと思案したこともあったよ』
悟は女郎の話をじっと聞きながら、彼女にまた母の若い頃の面影を感じた。
『死ねなかったの。こんなあたいでもね、何のために生まれてきたかわからんようなあたいでも
やっぱり生まれてきたからには死ぬのが怖い』
女郎はそう言って、着物の裾をギュッと噛んだ。
彼女にも、きっと思い出したくない過去があったのだろう。
『オレはね、今、精一杯生きたいと思っている。
戦地に送られて、人間扱いされずに玉に当たって死ぬのだけは御免だ。
絶対にそれが男の本懐だとは思えない』
『……あんた、逃げたいのかい?』
女郎は悟の耳元でそっと訊ねる。
『事実、一度逃げた。逃げたんだ』