廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
『青島でいろんなことをして金を稼いだ。船の貨物を担いだり、ドカタもした。荷物を頼まれて運んで大金をもらったが、あれはアヘンだったのかもしれない。
今思えば、かなりの危ない橋だった』
お陽は、自分の思い出を振りきるかのように、悟に話の続きをせがむ。
『金がたまったら、青島を引き揚げて日本に戻った。
そこで大阪に職を見つけたよ。今度はなんとかまともな職でね。きちんと月給制で。
今までの苦労がやっと実を結び、地に足をつけ暮らして行こうと思っていたんだ。
その頃、同じ会社で知り合った女と結婚をしようと思って同棲を始めた。
婚姻届を出すために、久しぶりに実家のある村に帰った。
その時でさえ、実家には立ち寄らなかったんだ。
オレにとっては忘れたい過去だったからね。
その婚姻届で居場所が知れて、しばらく経ったら徴兵検査を受けろと通知が来やがった。
母親の手紙と一緒にね。
【お前も、今まで色々やってきたが、これでようやく天皇陛下にご奉公できる】
そう書いてあった。
無念だったね。
一晩泣いたよ。母親はオレのことを心配なんてしてはくれない。体裁ばかりを気にしているんだと』