廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
『オレは妻に言ったんだ。
「逃げる。オレは生きたい」
そうしたら妻は、大きく頷いて箪笥の奥からありったけの金を出し、荷物をまとめ始めたんだ。
だから、妻と二人、夜更けに貨物列車の貨車の中に隠れて九州の港を目指した。
九州から船でなんとかまた青島に渡れば昔の知り合いもいる。
逃げ切れるはずだと思った』
『すごい……話じゃね……』
お陽はゴクリと唾を飲み込んだ。
そのような経験をしたようには見えないほど、悟は若く精気溢れていた。
お陽もまた、この男を戦争で死なせてしまうのは惜しいと思っていた。
『貨物列車は山口県の下関が終点だったから、とにかく妻と二人、安宿をさがした。
そして、そこで妻に促されて家族に手紙を書いたんだ』