廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
悟のルーツはこの地にあった。
彼の母は少女時代、この地にある海軍士官宅で女中奉公をしていた。
主である海軍士官は、彼女に手を出し、やがて彼女は悟を身籠る。
事実が発覚すると、悟の母は士官宅を追われた。
身重の体で路頭に迷っているところに出逢ったのが、悟の今の父親である。
悟は義父が好きになれなかった。幼い頃から気分次第で暴力ばかり奮う。
義父から逃げることばかり考えた。
そして見たこともない実父に憧れの念を抱いていたが、
徴兵されて着いた広島という街には、彼は最早興味などなかった。
悟は自分たちのような若く、未来ある若者が兵隊として戦地に無理やり送られることに酷く抵抗していた。
行けばかなりの確率で【死】が待っている。
当時の若者は、幼い頃から軍事教育を叩きこまれ
【国のため、天皇陛下のために命を捧げることは日本男児の本懐である】
とかたく信じ込まされていた。
共に召集された者には
『ようやく天子様(天皇陛下)にご奉公できる』
と感涙している者もいた。
だが、悟はそれを冷やかな目で見ていた。
気持ちを口には出さないが、彼の決意は【国のために死ぬ】ことではなく、【恥をかいても生きて帰る】ことだった。
彼は紛れもない、
【非国民】 であった。