廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
広島での夜。
連隊は自由時間をもらった。
みな、日本で過ごす最後の夜だとばかり街に繰り出す。
悟も知り合ったばかりの戦友に連れられるがまま、やけ酒でも食らうかと街に出た。
戦時中の広島市内は、やはり空襲の標的にならないために灯火管制が敷かれて明かりはわずかであった。
彼らはみな、辛気臭いのを嫌い、色街へと向かう。
太田川沿いの一角にそれはあった。
そこだけは、戦時中を感じさせない華やかさで兵士たちは浮き足立つ。
『日本の女は、もう拝めないかもしれねえぜ』
『上官はいい機会をくださったものだ。話がわかる上官で俺たちは掬われたぜ』
『さあ、入ろう、入ろう!』
悟は 建ち並ぶ遊郭の可憐さに驚きながら、呆然と歩いていた。
だが、明日から自分たちが大陸に渡り、どんなひどい目に遭わされるかと思うと、他の兵隊のように手放しで浮かれる気分には到底なれなかった。
隙あらば逃げよう。
悟の脳裏には、そんな策略さえあったのだ。