廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
女郎に連れられて、足を乗せるとミシミシと音の鳴る危うい急階段を昇る。
『おたみさーん。熱燗二本。それからなんか温かいもん頼むよ』
女郎は、歯をガタガタさせながら階下に向かって女中だろうか、たみという女にそう言いつけた。
女郎を買ったのは、母の面影を感じたからではない。
悟は心のどこかで言い訳をする。
二階の立て付けの悪い襖を開けると、薄暗い部屋に、布団が一組敷かれていた。
ところどころ継ぎの当てられた、不衛生な布団である。
女郎は黒布が掛けられた電灯の火を慣れた手つきで点けている。
悟は、酷く気まずくなって窓の外を眺めた。
月明かりに川沿いの建物がうっすらと見える。
『ねぇ、あの、丸い屋根の変わった建物はなんですか?』
悟は女郎に訊ねる。
彼女をちらりと見ると、寒いのか火を入れたばかりの火鉢に抱きつくように座っている。
『……だ、大丈夫ですか?』
『ああ、大丈夫よ。いつものことじゃけぇ。……あ、あれ?あの建物はね、産業奨励館って難しい名前らしいよ。
うちは、ほら、籠の鳥じゃけえ、人づたいに聞くだけじゃけど』