廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
『少し、話をしてもいいですか?』
悟は、すぐに女郎を抱く気にはなれず、逃亡できる何か情報を持ってはいないかと探りを入れることにした。
『まぁ、珍しい。軍人さんと来たら部屋に入るなり押し倒す方が多いんじゃけど、話をしたいだなんて……』
おようという女郎はケタケタと笑う。
『ダメならいいです』
『いえ、存分に』
悟はまた、グイッと酒を飲み干す。
『あんた、里は?』
『あたいの里?……さあね、忘れちまった。15の時にここに売られて、もう何年だろうねぇ』
『そうか……。この辺りの川の船頭などに客はいないかね?』
『……あんた。何を考えとるの?』
女郎はニヤリと笑い、悟に寄り添ってくる。
白粉と髪を結い上げる時に使う椿油の香りがフゥっと鼻をくすぐる。
『うちは口がかたいけぇ。話してみんさい。何か力になれるかもしれんよ。
でもねぇ、ひとつ条件があるんじゃ。
うちは今夜、何人も客を取りたくない。あんただけがええ』
『わかった。金はある』
女郎が白い小指を差し出すと、悟はそれに自分の小指を絡ませた。
ふふふっ
女郎は儚く笑う。