鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
一瞬、さっきまでとはうってかわって、気持ちがブルーになった。そう、直人のマシンのエンジンは完全に逝ってしまっていた。これがメーカーがバックアップしているワークス・チームならば、新品のエンジンを“ぱっ”と持ってきて、壊れたエンジンなんかぱっと捨ててしまうだけなのだけど、貧乏プライベーターはそうはいかない。壊れたエンジンを完全に分解し、修復できるパーツは修復し、どうしてもダメなパーツは新たに買い足して、メンテナンスし直す必要がある。時間も金もかかる。仕方ない。これがプライベーターの定めというやつだ。めいっぱいバイトして、さらに生活費を切り詰めるしかない。
「まあ仕方ないさね。来年の新装開店に賭けるとするかねぇ」
直人がそう言って笑うと、雅之も引きつった笑いを浮かべた。
「まあ、しょうがないから今シーズンはあきらめて、来シーズンにニューマシンで参戦としゃれこみましょうかねぇ」
そういいながら直人は考えていた。今使っているマシンはもう2年落ちの古いマシンだ。いろいろ愛着もあるが、いっそこの機会にブランニューのマシンにスウィッチするべきなのかもしれない。もちろんそうは言っても、最新鋭とはいかないだろうが、とにかくニューマシンにすべきなのかもしれない。金銭的には大ダメージだが、戦闘力アップも望める。今シーズンの残りを棒に振ったとしても、来シーズンに結果を出すためには…。そのためにも…。
「でもお前、玲美ちゃんのこともあるだろ…」
雅之の言葉は直人の頭に一瞬の空白を作り出した。そう、玲美のことを思い出した。
「彼女ができると、金が飛ぶぞぉ」
説得力のある言葉が、リアルな矢となって直人の心に突き刺さった。2本、3本…。エンジンの修理だけでも、相当の費用がかかる。思い切ってマシンをスウィッチしたとしたら、さらにそれ以上の金がいる。
「夢だよ、夢。それができたらいいなっていう夢物語だよ」
直人は気持ちとは裏腹の言葉を雅之に告げた。笑いながら歩き始めた直人の気持ちは、昨日の期待とは違ったものだった。
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