鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
どのくらいの時間が過ぎただろう。世界の時間は常に動き続けている。だが2人の時間はまだ止まったままだった。

その2人の時間が動き出したのは、テレビのアナウンサーの一言だった。
「…先程のニュースの続報が入ってまいりました。今日、三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで行われていたオートバイの全日本選手権、750ccクラスの第2戦で、プレイヤーズ・ホンダの米本一樹選手が最終コーナーで転倒、そのままコースサイドのタイヤクッションに激突しました。米本選手は病院に運ばれましたが、先程搬送先の病院で亡くなりました…」
2人は呆然としていた。耳に入ってきた言葉の意味がわからない。いや、わかっているだけに、死という言葉を米本当てはめることができないでいた。つい昨日話したばかりだった。笑顔で話していた。でも…もうその人には2度と会うことはできない…。
「おい…うそだろ…」
雅之が叫んだ。
「だって、あんなにはしゃいでいたじゃないか。今年こそ全日本チャンピオンになるって、タイトル片手に世界へ出ていくって!」
「雅之…」
「うそだ!これはなんかの冗談だ!きっとジョークなんだ!そうに…」
「雅之!」
雅之の言葉を直人が遮った。
「いいか雅之、よく聞け!今のニュースはマジだ!バイク、いやバイクに限らず、レースは常に危険と隣りあわせなんだ。それはライダー自身がわかっていることなんだ!」
言いながら、直人は自分の頬に涙がつたっていくのを感じていた。
「いままでにバイクのレースで死んだのは米本さん1人じゃない!ほかにも一杯いる!サーキットだけじゃない!ストリートで死んだやつだっている!」
涙がオイルで汚れた畳を濡らしていた。
「俺だって恐くなる時がある!死ぬかもしれないと思うときがある!それでも走るんだよ!そうやってどのライダーもマシンに乗っているんだ…」
段々言葉が弱くなってきていた。直人は叫ぶことで自分にいい訳をしようとしていた。だが、自分にいい訳などできないこともわかっていた。いつのまにか崩れるように膝が畳についていた。
「そうだよ、米本さんだってそう思ってマシンに乗っていたはずなんだよ…。だからって…だからって…こんなのアリかよぉ!」
近くにあったオイルパンを直人は思いっきり蹴っとばした。
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