鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
雅之が部屋を出ていってしばらくたってから、直人の部屋の電話が鳴った。暗い部屋のなかで、直人は宙を見上げていた。電話のイルミネーションすら今はひどく眩しく見える。直人はその眩しさに耐えられなかった。
「…はい…」
直人は受話器を上げた。
「あっ…玲美だけど…」
玲美からの電話だというのに、直人の心は沈んだままだった。
「私、真紀から聞いたの…事故の話…。真紀は雅之くんから聞いたって…」
「ああ…」
「ねぇ、直人くん…」
一瞬、玲美の声がひどく遠くに感じた。
「レース、まだ続けるの?」
その言葉に、直人は返す言葉を見つけられなかった。
「私、身近でこんなことが起こるとは思わなかったの。でも実際にこんな状況になったら…直人くんにこんなことが起こるかもしれないって思ったら…私…」
「俺…」
直人は何を言っていいのかわからなかった。
「俺、いつもスタート前は恐くてしかたがないんだ。事故るかもしれないって思うと、本当に恐いんだ。」
電話の先の玲美は黙っていた。
「でも…、レースの前に俺はいつも自分にいい聞かせるんだ。”アイ アム ア レーサー”、”アイ アム ア レーサー”って。必死でいい聞かせるんだ…」
「だったら…だったらもうレースはやめて。私、直人くんが走っている姿なんてもう見られない。どこかで走っているのを考えるだけで恐いの…」
玲美の声が震えていた。涙をこらえながら話している。確かに自分でも思っていた。もうこのへんが潮時ではないかと。完走もできない自分が、いつまでも走り続けられるわけがないと。でも…。
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