鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
「だめだよ…」
自然と直人の口から、その言葉が漏れていた。
「俺、まだマシンを降りるわけにはいかない…」
「どうして!」
玲美の声が大きくなった。初めて聞く、玲美のヒステリックな声。まるですぐ近くで言われているようだ。だが玲美との距離は確実に遠くなっていっている。
「ねぇ、もうやめようよ…」
一番聞きたくない言葉だった。「レース=危険」。確かにそうかもしれない。バイクレースでは、接触は転倒に直結し、死亡事故も少なくはない。死までは至らないまでも、年間に何人ものライダーが、転倒でその才能を失っている。自分だけは大事故に巻き込まれたりはしない、みんなそう思っているのかもしれない。もちろん、直人もその一人かもしれない。でも、今ここでバイクを降りることになったら…。
「ねぇ、お願い。もう危険なことはやめて。お願い…」
泣きながら懇願する玲美に、何を言えばよかったのだろう。直人には全く分からなかった。結局、出た言葉はこうだった。
「それは…できないよ…」
玲美の嗚咽が一瞬止まった。それでも直人には、他に言う言葉はなかったのだ。
「できないよ…」
空白の時が流れ、玲美からの電話は無機質な発信音だけに変わった。直人はこらえていた涙を拭った。
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