鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
「私、武田くんがあんなに薄情な人だと思わなかった」
真紀が直人のアパートを出てから続いていた沈黙を破った。吐き捨てるような言葉は直人だけでなく、雅之にも向けられているような気がした。雅之は小さくため息をついた。しかし、そのため息はその言葉に対してのものではなかった。
「なぁ真紀…」
少しためらいがちに、雅之は尋ねた。
「玲美ちゃんはなんであんなに急に、レースを拒絶するようになったんだろう…」
「決まっているじゃないの、身近なところで死んだ人が出ているのよ。恐くなるのは当然じゃない」
即答する真紀に、雅之は首をひねった。
”それだけだろうか…”
雅之は考えていた。
”正直いって、直人も玲美ちゃんも、もちろん真紀も悪くない。少し真紀の言い方は悪かったとは思うが、本当は誰も悪くない。いやひょっとしたら、悪いのは俺かもしれない。親友をあの場でどうすることもできなかったのだから…。少しづつみんなの歯車が狂い始めている。小さな掛け違いがみんなをすれ違わせようとしている。どうすればいいのか…”
雅之はもう一度ため息をついた。
”こんな時どうすればいいのか…・”
真紀は自分のパートナーの顔をみた。雅之が苦しんでいるのはわかっていた。でも真紀も玲美をかばってあげなくてはいけなかった。いつの間にか2人でため息をついていることに気がついて、顔を見合わせるとなんとなく笑いが込みあげてきてしまった。少し力のない笑いが2人を包む。お互いの立場はまったく同じなのだから…。
「なんだかなぁ…」
雅之の言葉で真紀の気持ちは少し和らいだ。それは雅之も同じだった。
「雅之…」
真紀は言葉を選びながら話した。
「玲美にはね…、雅之達と出会う前にちょっとした…、いや彼女にとっては大変なことがあったの。私が雅之に会えて良かったと思うのと同じように、彼女も武田くんと会えてすごく良かったんだと思う。玲美にとっては辛い出来事を忘れることもできたはずだから。でもね…、このままじゃその時と同じになっちゃうの…」
真紀が慎重に発する言葉の一つ一つを、雅之は心に刻みつけるように聞いていた。少しの間があき、雅之は真紀を抱きしめた。
「ありがとう、真紀…」
雅之はもう少しだけ、強く抱きしめた。
「でもね、俺はやっぱり直人を支えてやらなけりゃぁいけないんだ」
真紀は小さくうなずいた。
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