鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
玲美は部屋に閉じこもっていた。いつの間にか降り始めた雨に気付くこともなく…。しめきったカーテンのせいで部屋の中は暗かった。その部屋の真ん中で、玲美は独りうずくまっていた。あの日からずっと自分を責めていた。直人に会いたかった。でもできなかった。できない自分を更に責めた。このまま終わってしまいそうで恐かった。終わらせない方法はわかっている。でもそれはできない…。自分に向けた怒りは外に放たれることなく、玲美の心を責めつづけていた。
”コツン”
そんな時に、玲美は何か小さな音を耳にした。暗い部屋を見渡してみる。
”コツン”
窓に何かが当たったようだった。
”誰かのいたずら?…ひょっとして直人くんが…”
玲美はあわてて窓際に駆けよった。カーテンを引きちぎるように開けると、外には黒い傘が立っている。
”直人くん”
喉まで出かけているその言葉を抑えながら、玲美は窓を開けた。傘がゆっくりとかたむいた。だがそこにあったのは、直人ではなく雅之の姿だった。
「いつのまにか降ってたんですね…雨…」
雅之を部屋に招きいれた玲美は、コーヒーを雅之に渡していった。季節は春だというのに、雨のせいか外は寒かった。雅之はコーヒーカップで震える手を暖めた。
「寒いよぉ。雨のせいだとは思うけど」
言いながら、雅之はコーヒーを喉の奥に流し込んだ。その暖かさが、雅之の身体を目覚めさせていく。
「どうしたんですか急に?今日は真紀は一緒じゃないんですか」
笑顔で言う玲美に、雅之は間を置かずに答えた。
「無理に作る笑顔は似合わないから止めたほうがいいよ」
玲美は言葉を失った。
「これでも昔はナンパ師って呼ばれてたんだよ。女の子が今どんなことを考えてるかが、すぐにわかる…」
雅之はそう言うと、ほんの一呼吸分だけ間をあけた。
「さっきは直人が来たと思ったんでしょ…」
玲美は黙ったままだった。雅之は玲美には聞こえないようにため息をついた。
「なんで直人のところにいかないんだい?」
雅之はまるで部屋の中に誰もいないかのように続けた。
「あの状況じゃ、直人にはどんな方法も残されていない。それは君もわかっているはずだし、何より君は直人を待っている…なのにどうして君はここで独りいるんだい?」
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