鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
外の雨はますます強くなっていた。雨音が玲美の泣き声をかき消している。
「…だって、死んじゃうかもしれないんだよ…」
かすれた声がかすかに聞こえた。
「…どうして死と直面する必要があるの…どうして…どうして死ぬかもしれないっていう危険なところで走るの…」
玲美の声はだんだん強くなっていった。瞳からは大粒の涙が流れていた。雅之は叫びにも似た彼女の言葉を全身で受けとめようとしたが、正直言ってそれはひどく辛いことだった。
「ねぇ、考えてごらん…」
雅之は諭すように言葉を発した。
「直人はあのとおり不器用な奴だけど、そんなアイツが必死になって追いかけている夢がレースなんだ。追いかけて追いついて、ただ夢を見るだけじゃなく、夢を現実にしようとしているんだ。自分の夢を実現できるのは、自分だけなんだよ。たとえば俺の夢を実現できるのは俺だけだし、君の夢を実現するのは君だけだ。だから直人の夢を実現できるのは、他の誰でもない。直人だけなんだ。だからアイツを止めないでやってくれないか?アイツの夢を現実に変えさせてやってくれないか?」
雅之は言っているうちに、自分の声がどんどん大きくなっていっていったことに気づいていた。だから雅之の言葉が途切れた時、雨音だけが流れる2人の間の空間はあまりにも静かに感じられた。
「…ごめんなさい…」
どれぐらいの時間が過ぎたのだろう。雅之にとっては永遠というぐらい永い時間が過ぎた後、玲美はかすれた声で言った。
「…ごめんなさい…泣いちゃって…。」
玲美は必死に唇をかみしめていた。雅之にとっても、それはあまりにも辛い時間だった。玲美は何度も何度も涙を拭っていたが、涙は後から後からあふれてきていた。それでも玲美は、唇をかみしめて、涙を拭い続けた。
「これ…本当は雅之さんに言うことじゃないかもしれない…けど…」
そう前置きしてから、玲美は言った。
「…私…兄がいたんです…。すごく優しい、頭も良くて…すごくいい兄でした…」
玲美の声は、今にも消えてしまいそうなほど小さいものだった。外の雨はさっきよりもさらに強まっていたのかもしれない。でも、今の雅之には雨の音は聞こえなかった。いや、雨だけではなかった。何も…何も聞こえなかったのだ。押し潰されていくようだった。すこしづつ、そうすこしづつ押し潰されていくようだった。
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