鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
どれくらい時間がたったのだろう…。雅之は玲美の家を出ていた。自分でもわからないうちに傘もささずに歩き続けていたようだった。ずぶぬれになった身体のことも、見慣れない景色のことも、今の雅之にとってはどうでもいいことだった。よろよろと歩き、道路にはみ出て止められていた自転車ぶちあたり、雅之は何回も派手にころんだ。
「…くそったれ…」
雅之は道路に大の字になったままつぶやいた。天を仰いでも暗い闇が覆った空は、何も答えてはくれなかった。そんな雅之の心の中で、さっきの玲美の後ろ姿が浮かんだ。彼女は後ろを向いたままだった。後ろを向いたまま、玲美は雅之に、その全てを話した。
「…兄は少しだけ、体が弱かったの…。少しだけ…。去年…、そう直人さん達に出会う前…兄は亡くなったの…。体がね…」
雅之はよろよろと立ち上がった。玲美の声はまだ頭の中に響いていた。
「…兄は健康な体に憧れていたの…それはかなわなかった…。でも最期は笑ってた…。そしてこう言ったの…。ああ、もっと生きていたかったなぁ…って。そんな時に…、そんな時に直人くんに出会ったの…。確かに最初は兄を忘れるためだった…。でも…、直人さんは兄がもっていなかった、いろいろなものを持っていた…。あふれる生命力…まぶしかった…。でも…なんで自分から危険な場所に飛び込んでいく必要あるの…生きたいって言ったお兄ちゃんが死んでいったのは運命なのかもしれない。でもどうして死に近くない場所にいる人が、あえて死に直結するような場所にいく必要があるの?」
その時、雅之はすべての言葉を失っていた。言い表わすことのできない感情が心の中で激しく動くだけだった。アスファルトの硬さと、冷たい雨が雅之をさらに責める。雅之はよろよろと立ちあがると、目の前の電柱におもいっきり拳をぶつけた。
「ううぉおおおお!」
叫びながら、何度も何度も拳をぶつけた。血が噴き出していた。だが雅之には、この込み上げてくる気持ちを、他にどうすることもできなかった。
「…どうすりゃあいいんだよぉ…」
雅之は雨に濡れながら泣いていた。
「…どうすればいいっていうんだよぉ…」
この夜、雅之の涙も雨も止むことはなかった。
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