鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
直人は一瞬だけ、気を失っていたようだった。気がつくと身体は砂まみれになっている。鈍色の空から落ちてくる大粒の雨が、直人の身体をうっていた。直人はマシンに目をやることもなく、縁石で仕切られたアスファルトの上を見た。コースを中野や、その他のライダーが駆け抜けていく。
「…う…む…」
声を漏らしたとき、コースマーシャルが駆け寄ってきた。
”そうか…転倒したのか…”
直人は、ようやく自分の置かれた状況が判断できた。
”サンドトラップに突っ込んだのか…”
直人はとりあえず横になった体を起こした。それを見たマーシャルは、直人の無事を確信し、声を掛けた。
「ここは危険です。ガードの外に出てください」
職務に忠実なマーシャルだ。
”ああ…本当に終わったんだ…”
マーシャルの言葉に、直人はそう思った。ゆっくりとマシンに目を向ける。愛機はほとんどのカウルが剥がれ、マフラーは曲がり、レバーが折れていた。きっとエンジンやギアボックスもダメージを受けているだろう。
”…本当に終わったんだ…”
直人はコースに背を向けると、ヘルメットに手を掛け、一歩踏み出した。その時だった。
”いいのか…”
直人は動きを止めた。どこからともなく、投げつけられる声…聞き覚えのある声だった。
”本当にいいのか…”
その声の主がだれであるか、直人はすぐにわかった。そう、それは直人自身の声だった。
”まだのはずだ…”
心の中で声が響く。
”最終コーナーをまだ抜けていないはずだ…”
直人はあわてて振り返った。マーシャルが直人のマシンを動かそうとしている光景が飛び込んでくる。
「触るな!」
直人はヘルメット越しでも響くほどの大声で叫ぶと、マーシャルは驚いて動きを止めた。マーシャルにどけられてしまえば、リタイヤとなってしまう。直人は急いでマシンに駆け寄り、倒れたマシンを起こした。
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