鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
直人が目を開けると、雅之が自分の身体を揺さぶっていた。
”夢見も悪けりゃ、目覚めも悪い”
むさくるしい雅之の顔が、直人の目の前にあった。
「なんだよ、お前かよ…」
直人はそう言って眠い目をこすると、雅之のそばに見慣れない顔が2つあることに気づいた。寝ぼけた目では、その2人が女性であることしか判断できない。
「直人、彼女たちが一緒にメシでもどうかってさ」
雅之が働き始めたばかりの直人の頭を叩いた。雅之の目が爛々と輝いている。直人は身体を起こして、もう一度目をこすると、はっきりしてきた視野の中にその娘たちを捕らえた。同い年、いや年下だろうか?彼女らは、直人の方を見て微かに微笑んでいる。
「メット2つづつ持ってきてるだろ、メシ食った後、ツーリングに行こうぜ。そして夜明けをベットの中で…」
雅之が自分の野望を耳打ちする。ゆっくりと立ち上がった直人に、今度はちゃんと声を出して、彼女たちの紹介を始めた。
「こっちが真紀ちゃんで、こっちが…えーっと、そう玲美ちゃん。2人とも19歳の大学生だってさ」
雅之は直人の肩をぽんと叩いた。その手がこれから先のお膳立てを告げる。
”お前はこっち、俺はこっち”
そう言っているのだ。
”はいはい…”
直人は手の甲で雅之の腹を軽く叩いてから、はっきりとしてきた視界の中に、改めて彼女たちを入れた。
「おはようございます」
2人のうちの1人が、軽く微笑みながら体を横に傾けた。雅之によって直人に割り当てられた方の娘だ。オーソドックスな水着の趣味はともかく、笑顔は直人の好みだった。
「あっ、武田…武田直人です…」
直人は一瞬、ぼーっとしてしまった自分に気づいて、慌てて自己紹介をしてしまった。突然のことに、他の3人はしばらくの間の後、おもいっきり噴き出していた。
”まじぃ…大ボケじゃん…”
直人はそう思ったけれども、もう遅いのはわかっていた。なんとなくつられて笑ってはみるものの、もちろん笑いたい気持ちではなかった。でも少なくともその時ばかりは、あさってのレースのことは、頭からすっかり消えていた。この何年間か、頭の奥底からレースのことが消えたことはなかったのに。そう。でもそのことに気づいたのはもっと後のことだった。
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