ラストコール
「…うん」
『死んだのになんで電話できるのか分からないけれど、とりあえず貴方でよかった。』
「うん」
彼女の声は酷く淡々としていた。
『でも、後悔はしてない。逆にそうしてなかった方が後悔したし…考えるより先に体が動いたの。』
「…うん」
分かってたからあんな約束をしたんだ。破られると分かっていても、せずにはいられなかった。
結局、こうなってしまったけれど。
『あれ?誠一は私が死んだ理由知ってるの?』
「…うん」
だって、僕は誠ちゃんでもあるから。
『あーぁ、誠一に逢いたかった!直接話したかった。』
「…」
『本当に…ごめん誠一。」
今、口を開いたらダメな気がした。既に視界が歪んでいて熱い。喉も痛くて言葉が出ない。
これ以上、何か言われたら保たない。そう思う反面。まだ、もっと声が聞きたいと思う。
『誠一ごめん。』
仕切りに謝る彼女に罪悪感が出てきた。破られることを分かっていた約束でそこまで謝られると…それに君は何も悪いことなんてしてない。悪いのは君を助けられなかった…僕のほうなのに。
『…なんて、言うと思った?この性悪男!』
悪戯チックに言う彼女の言葉が理解出来なかった。
『あんな約束…誰が守ったりするもんか。』
彼女は、何を言っているんだ。頭が混乱して分からない。
『ねぇ、誠一。・・・誠ちゃん。』

(楽しそうに笑う彼女に対し僕は、まるで、時が止まったようだった)

彼女が言った言葉に卒倒しそうだった。
ちょっと、待って。一旦このぐちゃぐちゃな思考を正したいから、待ってくれ。そんな僕の気も知らずに彼女は言葉を続ける。
『誠ちゃんですよね』
疑ってるんじゃない。探っているのでもない。間違えなどないという風に確信を含んだ声で僕の名前を呼んだ。
もう呼ばれることないと思っていたのに。鼓動が尋常じゃないほど速く波打ち若干苦しくなった僕は心臓の辺りの服をぎゅっと掴んだ。
『誠ちゃんと話がしたくてちょっとだけ過去に戻って電話してみたの。誠ちゃんじゃない人だと思って、最初は思いっきり冷たく当たったけど』
彼女はどこか楽しそうに笑う。
本当は「あの時」の僕とこういう素性を隠した電話をしたかったらしい。
電話が時空を超えるなんて彼女にも想像がつかなかったのだろう。
『もう随分前から、気づいてたの。少し低いけれど、誠ちゃんの声だって。ずっと聞いてた声なのよ?わからない訳ないじゃない。あれからだいぶ時間がたっていることには驚いたけど。』
彼女は、気づいていたのか。誠一が誠ちゃんであることに。いつからだろう。考えるけど、きっと2回目の電話のときから気づいていたのかもしれない。
『誠一なんて名前で呼ばれて。誠ちゃん、何も言わないから、笑っちゃった。』
「…」
『私も過去に戻っているだけだから、何が起こるかなんて分かっていた。誠ちゃんも辿ってきた道だもんね。』
「…」
図星で何も言えない。彼女には全部お見通しだったってわけか。
きっと彼女は誠一との会話から、2年後の僕達の今が分かったんだろう。
誠一を演じてきた僕は一体何だったのだろう。
『…誠一は酷いね。生きろ、なんて約束。私が生きれば、貴方が死ぬ、その未来を望んだのよね?…そんな約束、私が守るわけないじゃない。』
…分かっていたんだ。約束をしたときから"僕"の考えを。それを知りつつ、約束して『守る』なんて言った君の方が酷い奴だよ。
最初から破られると分かっていて約束を交わした僕と最初から守るつもりなどなかった約束を交わした君。どちらがバカかと問われれば、どちらもバカと応えるだろう。それぐらい僕等の約束は脆く滑稽なものだった。『明日絶対伝えてね。皆に、頑張って生きてって。』
皆がそれぞれ彼女のことで抱え込んでいると察したからこそあの台詞だったのか。
『電話して、誠一と話せてよかった。あの時伝えれなかったこと、今なら言える。』
彼女が何かを決めたように電話越しで笑う気配がした。
『誠一、誠ちゃん』
彼女が、僕をあの時の僕を呼ぶ。
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