ラストコール
五日目
『ねぇ、なんて呼べばいい?』
「お好きにどうぞ。」
『素っ気ないなぁー』
電話越しで君が笑う。
『じゃぁ、誠一。』
ぴたっと自分の動きが止まるのがわかった。
何故、どうして?
「きみの、友達の名前だろう?」
必死に絞りだした声は掠れていた。
『そうなんだけど、なんか似てるなって思ったの。性格とか。』
似てるいも何も、「誠ちゃん」僕自身なのだから当たり前のことなんだけども。
「君はどう呼んでほしい?」
『未歩』
彼女はそうつぶやいた。
「本名?」
『違うわ。』
彼女は、嘘をついた。
未歩と言うのは彼女の名前だから。
『ねぇ、誠一はどこに住んでるの?』
「今は北海道。」
『ねぇ、誠一の話聞かせてよ。』
突然のことで僕は口を開けてまま、呆然としてしまった。
僕のことを?
僕が話すのを待っているのか、電話の向こうの彼女が無言になった。
彼女はこれから先の"僕"を今の僕を知ることが出来ない。…僕のせいで。
話したい、知ってもらいたい。君のおかげで、僕は生きていると。
『北海道って言っても方言ないのね。』
「生まれは東京だから。」
『本当!?私の友達に、高校北海道に行くって言ってる人がいるの。』
そりゃぁそうだろう。僕なんだから。
『誠一に逢ってみたいな。』
ポツリと彼女は呟いた。
どくり。その言葉を聞いて心臓が一際大きく鼓動した。
『ねぇ、いつか逢おうよ』
鼓動が更に速くなる。
息が喉の辺りにつっかかえていて苦しい。
「いつか、ね。」
そう誤魔化すことしか今の僕にはできなかった。
『誠一?』
僕を呼ぶ声が聞こえる。考え込んでしまうあまり、無言になってしまっていたみたいだ。
「どうしたんだ?」
『いきなり変なこと言ってごめんね。』
変なこと、とはさっきのことだろう。
別に君のせいじゃない。心臓の鼓動は大分、落ち着いてきたが代わりに締め付けるような痛みが襲ってきた。
悲しそうな彼女の声を聞いても僕は何も言うことが出来ない。
何も…出来ない。あの時、彼女を助けることが出来なかったように
『誠一?』
「ごめん未歩。また明日。」
『誠一!?』
電話が切れる。
こんな時間なのに眠気など襲ってこない。襲ってくる感情は後悔。
悔しくて、哀しくて。
(変えたいけど変えられない。変わらない)
(弱虫な"僕"は、何も出来ない)
僕は気付かなかった。
携帯のディスプレイに表示されている数字の3が赤く光っているのを。

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