夏風邪とモノグラムな指
どちらかでも失ったら、きっと哲はどこかへ行ってしまう。


行って欲しくなかった。


風邪を引くと心も弱る。


それもこの気持ちを助長したのかもしれない。


「離れないで……」


ぽつりと呟いて、急に眠気が襲ってきたあたしは目を閉じた直後指一本も動かせなくなった。


哲はあたしの一個下の、小さい頃から親同士も仲良くしている、いわゆる幼なじみだ。


弟みたいなこの子にこんな気持ちを抱いたのはいつだっただろうか。


小さい、まだまだ子供だと思っていた哲が、急に男に見えたのだ。


そう、例えば、眼鏡の奥の瞳が意地悪そうに笑うところとか。


毎年、それこそ小学校に上がる前から夏風邪を引くあたしの額を撫でてくれていた哲の指が細長く骨張っていると気づいたときとか。


絡み合う指の熱を離したくないと、愛しいと思ったときとか。


あたしの気持ちはまるでホログラムのように実体はなく、しかし確かに存在している。


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